2021年03月のことば

聴こうという心がなかったなら 聞いていても 聞こえない

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 最近のテレビはいろんな番組を見ることが出来ます。電波で映像を送る地上波放送、BSやCSの衛星放送。インターネットを介して映像を送るネットテレビなど。全て見ることなどできないほどの番組量になってきました。録画してみようと撮りためても結局は見ないで消去する方もあるんじゃないでしょうか。最近の番組は多種多様と言いますか万人向けの番組ばかりではなく、年代や趣味趣向の同じような人をターゲットにした少しマニアックな内容の番組が結構あります。そうなってくるとコマーシャルもその番組を見る人たちの傾向に合わせた内容のコマーシャルが流されていますね。最近、わたしが観るテレビ番組で流れるコマーシャルの傾向にも偏りを感じます。健康食品やサプリメント、介護用品などのコマーシャルを多く目にしている気がします。若者をターゲットにしたコマーシャルをあまり見た記憶がありません。スマホのアプリやインターネットで買い物をしようとする時などに、多くのサイトで利用規約に同意するという流れになっています。規約の全文を隅から隅まで読んだ事がないので詳しくはわかりませんが、おそらく買い物や利用の傾向をビッグデータとして収集する事への同意も取られているんだろうと思います。AI(人工知能)という言葉もよく聞くようになりました。AI(人工知能)がビッグデータを解析してわたしの趣味趣向に適した興味があるだろうと予測される情報を提供してくれます。ネット通販サイトがそれをやっています。登録してあるメールアドレスに過去の購入履歴、傾向からのおすすめ商品といって情報が届きます。確かに欲しい物の情報だったり、なかには欲しくて他のサイトで既に購入した商品も紹介されていたりします。わたしの趣味趣向や思考回路を見事に予測しているんです。でも、こうまで予測されるとコンピュターなんかに私が理解できてたまるかと思ってしまいます。所詮は機械、人間が作ったもの。機械に支配されてたまるか、予測できない行動、思考をしてやろうと思うんですが、結局は興味がある事に目を向けてしまいます。日本で衛星放送が始まったのが1989年で、それ以前は地上波のみでした。NHKと民放局が数局映るだけ。万人に公共の情報を届けると言った意味合いが強かったので、子どもには退屈な放送も多かった記憶がある。多チャンネルの時代になればなるほど観る人の興味に合わせた内容を送る事ができ、狭い範囲の人に向けた内容の放送が増えるんでしょう。しっかりと見てもらえる聞いてもらえる。選択肢が増える事で内容の濃いものにする事が出来る。より観たくなる聴きたくなる。より観てもらえる聴いてもらえる。テレビ番組ひとつとってみても観たいものなのか聴きたいものなのかで、見え方聞こえ方は全然違います。人の話を聞くとなればなおさらです。この人の話は是非とも聴きたいと思えば、万難を排してでも聴こうとしますが、今すぐにはどうでもいいと思っている事について聞く時は、相手がどんなに一生懸命話しても内容はほとんど耳に入ってきません。今月の法語はお坊さんには耳の痛い話です。お寺の法座(法話会)で、『後生の一大事』を解決しなければ死を超える道を聴かなければという心がなかったならば、お寺参りしても聞こえてこない。お盆やお彼岸のお寺参りも知り合いの葬儀も、『後生の一大事』を解決しなければ聴かなければと思ってもらえるお話をしなければ、聞こえてこないですね。これはお坊さんが本来の役割を果たしているかどうか問われているという事ですね。    なんまんだぶ
今月のことばについて

「今月のことば」の挿絵とタイトルは、株式会社探究社および株式会社法蔵館で発行している
「ほのぼのカレンダー」から引用させていただいております。

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