2017年4月

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 私が育ったところは、ご多分にもれず今では人口が減り、高齢者の街となっています。人が少ないという点では寂しい町ですが、のどかで素敵な町だと思っています。田舎を離れると、特別そう感じるのかもしれませんが、生まれ育ったところというのは、いつまでも素敵な思い出の場所なのかもしれません。春には梅や桜が咲き、山にはウグイスが鳴き、竹林の中から筍がニョキニョキ生えていました。田植えが終わった水田にはカエルの声が響き渡り、夏にはそこを蛍が乱舞するそんなところです。今でもそうだろうか。そうあってほしい。そういえば最近はどうなのか親に聞いた事がありません。あえて聞かなかったのかもしれない。ふるさとはいつまでも幼き日のままであって欲しいと思っていたのかもしれない。変わっているだろうと思いながらも変わっていてほしくないそんな思いだったのだろうか。土筆もよくとりました。はかまを取って煮たり佃煮で食べた記憶があります。筍も時期になると嫌というほど、筍を炊いたものが食卓に上がっていました。土筆も筍も地表に出ているところだけをみているとわかりませんが、どちらも地下で茎がつながっているんですね。
 さて、四月になり新年度がスタートしました。新しい環境の中で、新しい出遇いがいくつも始まっているのではないでしょうか。初めて出遇う人だけれど、よくよく話してみるとお互いの共通の友人がいたり、家族の話をしていたら実は遠戚関係だったりということがあったりします。私も高校に入学したら同じクラスにそれまで全然あったことも、聞いたこともなかった又従兄弟(またいとこ・はとこ)がいたという経験をしています。私の父方の祖母と彼女の母方の祖母が姉妹だったんです。日頃、親戚としてのお付き合いなんて私の代では全くありませんし、父と彼女のお母さんもいとこ同士ですが、それぞれ家庭を持った環境の中で交流することのない状態でしたけれど、又従兄弟なんだ血縁関係者なんだなと、親近感を感じた記憶があります。人と人のつながりは血縁だけではないですね。多くの方々に見えないところで支えていただきながら日々暮らしているのが私の姿でありましょう。わたしはもしひとりになったら寂しすぎて生きていけないだろうと思います。おそらく生きていく事ができないでしょう。いや絶対に無理だと言い切る自信があります。わたしの日常の中で、わたしの目に見えないところとはどんなものがあるだろうか。地下、深海、宇宙、体の中、自分の生前そして死後など、普段は何でも見えている知っている気になっているけれど、何も見えていないし見ていない事に改めて気付かされます。それら見えていない物がなければ生きていけない事も間違いない事でした。わたしの目に見えている物が全てじゃない。見えないものに支えられながらでしか生きていく事が出来ないわたしでした。多くの人や物や出来事、それらのつながりに中で生かされていました。 
     なんまんだぶ
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