2018年12月のことば

「目をあけて眠っている人」私も、その一人でした

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 今月の法語を読んで子どもの頃、姉に目を開けて寝ていると言われていたことを思い出した。薄眼というか仏様のように半眼というかそんな目をして眠っていたようですが私にはわかりません。眠っているという事は、夢を見ていたり何も考えていない状態ですね。夢を見ていたと思ってもどんな夢だったかほとんどは思い出せない。眠っているとはそんな状態ですね。
 最近物忘れをすることがよくあります。昨日は何をしていたかなと振り返ろうとしてもなかなか思い出せない。ひとつずつ思い出しながら記憶を繋いがないと難しい。皆さんはそんな事はないですか。テレビを見ていて「ボーっと生きてんじゃねえよ!」って、聞いたことはありませんか。NHKで金曜日の夜に放送している『チコちゃんに叱られる』という番組の中で、5才のチコちゃんが問いかける素朴な疑問に大人が答えられないと、チコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と叱られる決め台詞です。これまでの人生を振り返ると、私は目をあけたままボーっと生きていました。わかっているつもりになって生きていました。12月はなんでクリスマスパーティーをするの。なんでケーキを食べるの。どうして除夜の鐘をつくの。なんでお年玉は子どもしかもらえないの。どうして満年齢と数え年があるの。なんでお葬式をするの。なんで病気になるの。などなど気にしてみれば人生は疑問だらけじゃないですか。日常生活の出来事のひとつひとつを取り上げて考えるだけでもわからないことだらけでした。どれだけいい加減な日常生活をしていたか見えたような気がします。何も考えずに暮らしているという事は眠っているに等しい事ですね。目をあけて日常生活は過ごしているけれども毎日を惰性で生きていました。一瞬一瞬を大切にした生き方ではありませんでした。なんで生きているんだろう。生きているってどういう事なんだろう。なんで人は死ぬんだろう。死んだらどうなるんだろうと、考える事が目をあけようとするきっかけにならないだろうか。やがてどんなに頑張っても自分の思い通りにはならない人生がやってきて、私の死という問題に直面します。江戸時代の狂歌師、大田南畝は「今までは人のことだと思ふたに、俺が死ぬとはこいつはたまらん」と辞世の歌を読んだと言われています。自分にとって楽しい事、都合のいい事にだけ興味を示し、それに溺れ、うつつをぬかして生きる。年末ジャンボ10億円当たったらどうしようかと夢ばかり見てニヤニヤしてみる。当たったら海外旅行に行って、家を買って、高級車を買って、家族に少し分けてあげて。どうでもいいことに振り回される。健康であり続けるためにはどうすればいいか、どんな食べ物やサプリが効くんだろうと振り回される。健康であり続けることなど不可能であるにも関わらず考え続ける。お金や健康を追い続ける人生はやがてどんなに頑張っても自分の思い通りにはならなくなる。その時初めて目を覚まそうとするのではなく、今からしっかりと目覚めた人生を生かさせていただこうではありませんか。お粗末な人生を歩んでいたな。おろそかにした日々を過ごしていたなと。目をあけていただけの私から、目を覚ました私へと変わっていきたい。
     なんまんだぶ
今月のことばについて

「今月のことば」の挿絵とタイトルは、株式会社探究社および株式会社法蔵館で発行している
「ほのぼのカレンダー」から引用させていただいております。

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