2018年09月のことば

こころを育てる畑を 荒らさないように

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 東日本大震災後、仙台港から福島県いわき市まで車で移動しようと思うと東北道から磐越道を通っていわき市に入る方法と、常磐道を通っていく方法が考えられます。震災直後は福島第一原発事故の放射能の影響で遠回りせざるを得ませんでしたが、今では常磐道を通過してもよい事になっています。常磐道は福島第一原発のすぐそばを通る高速道路で、道路脇には放射能測定値を表示する掲示板が設置されています。まだまだ数値は高いけれど震災後7年を経過して、生活の利便性が放射能の危険性への不安よりも勝ってきたとでもいうべきなのでしょうか、結構な数の車両が常磐道を利用しています。いわき市の方に聞くと、朝夕の通勤ラッシュの時間帯には渋滞する事もあるそうです。時間帯によっては東北道から磐越道を通るルートがいいのかもしれないと思います。そんな常磐道の原発周辺の帰還困難区域を通過していると、目に入ってくる民家は、住む人も無くどの家も傷みがすすみ、庭の木々は雑然と伸び草がはえ、すでに庭の様をなしていない、田畑も荒れ生活感が全く無く、言葉は悪いですがまるでゴーストタウンです。その中で不自然に高速道路上だけが賑わっている。汚染された土を積載したダンプやトラックが行き交っています。今までに見た事がない実に不自然な景色と言って良いでしょう。なぜこんなことになったのか。これまで家も田畑も荒らす事なく大切に守ってきた人たちが、その土地を離れて暮らさなければならなくなり、目に見えない放射能を避けて家にも戻れず、大切に守ってきた田畑を耕すことも出来ず荒れ放題にしておかなければならない辛さ悲しさというのは、当事者にしかわからないものでしょう。耕さなくなった畑はあっという間に草が生え、数年もすると木までもはえてきます。いとも簡単に畑ではなくなってしまいます。なぜ住んではいけない区域ができたのでしょうか。どうしてそのような状況になってしまったのかという事について私たちは考えなければいけませんね。大都市東京へ電気を送るために発電所を造りました。それも安価な電力を作り出すために原子力発電所が造りました。結果として今の福島県の状況を生み出しました。私たちはなぜ原発をつくったのかきちんと考える責任が有ると思います。それは電気が必要だったから。快適で豊かな生活をしたかったから。素敵な電化製品が次々に開発され使う事でその恩恵を被りながら生活をしたかったから。その結果どんどん電気を消費するようになり、どんどん発電しなければならなくなりました。全国に原発は次々に造られました。そして震災。いま福島の人たちが大変な思いをしています。福島の人たちだけが背負わなければならない事でしょうか。私が人の悲しみや苦しみを背負い取り除いてあげる事なんて出来ないけれど、嘆き悲しむ人に寄り添う事だったら、少しは出来るかもしれない。相手の悲しみ苦しみを感じるこころの畑を荒らさないようにしなければ、次から次へといろんな欲望という草が生えてくるけれど、丁寧にしっかりと耕し、柔軟な心を育てていかなければならないですね。なんまんだぶ

今月のことばについて

「今月のことば」の挿絵とタイトルは、株式会社探究社および株式会社法蔵館で発行している
「ほのぼのカレンダー」から引用させていただいております。

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