2018年06月のことば

山の中にいると山が見えない 汚れの中にいると汚れが見えない

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 四年ほど前の運転免許証の更新のために右目の白内障手術を受けた。人工のレンズは人間の水晶体のようにレンズの厚みを上手に調節して、見るものの焦点を合わせるのがなかなか難しい。そうでなくても最近近くのものが見づらくなって来た。いわゆる老眼である。手を伸ばして手元の小さな文字を見なければ読めない。最近文庫本を見るのがおっくうになって来た。わざわざ眼鏡をかけ変えるという行為が面倒になって来たのである。おっくうがってはいけないとわかっていても敬遠してしまう。最近では若い頃と比べて遠近感がにぶってきているように感じる。車を駐車するのに道端に寄せても以前のようにギリギリに止めることが難しくなったように思います。駐車スペースのラインに沿って真っ直ぐに駐めたつもりが斜めになっていることも多くなった。しかし、今の車には便利な機能がたくさんついていますね。ギアをバック(リバース)に入れると後方の映像が映し出されます。進むべき方向のガイドラインまで表示してくれます。運転席に居ながらにして後方確認ができるんですね。ぶつかりそうになったら知らせてくれたり、停まってくれたり。あと数年で自動運転技術搭載の乗用車が街中を走るようになるんでしょうね。私が運転免許証を所有している間に市販化されたら是非運転して見たいと思いますが、自動運転は運転すると言うんだろうか。運転席に居て前を見ないなんて事はしてはいけないんだろうな。前を見ていても、交通の状況は見ていないなんて事も起こってくるんだろうな。現状の自動車運転では「予測運転」する事で危険を回避することが大切といわれます。交通の流れ全体を見て、起こりうるであろう危険な状態を予測し、どうすれば危険な思いをしないで済むかを考えながら運転する。周りの交通事情を把握し、私の置かれている状況をしっかりと認識し、自分がどのような状態にあるのか、どこにいるのかを知ることが大切です。前ばかり見て運転してると周りが見えません。車の速度を上げて運転すると視野が狭まりますが、本人はそれほど視野が狭くなっているとは思いません。気づいていないけれど見ている気になっているという状態です。人生においても同じことはよくある事だと思います。自分にとって価値のあることに気持ちを集中させて、広く全般的な物事の捉え方をしなくなっていても、とりあえず自分にとって順調に感じられていればいいのであります。『山の中にいると山が見えない 汚れの中にいると汚れが見えない』対北朝鮮の外交問題、憲法を変えようという改憲の問題、少子高齢化の問題、格差社会がうみだす貧困の問題などなど、政治が主導し、マスコミが追従し、変化の速度がどんどん速くなり、流れの速さに耐えきれず流されてしまいそうになる現代という川の流れの中で、立ち止まり、この川がどこへ向かって流れて行こうとしてるのか、日本という船はどこへ向けて舵をきっているのか、見極めなければならない時期にきていませんか。今を生きる私たちには次代のためにも責任はあると思います。少なくともこの私にはその責任があります。自分の都合という狭い視野しか持ち合わせていない私だからこそ、時代を見極める真実まことを通して全体を見なければなりません。
     なんまんだぶ
今月のことばについて

「今月のことば」の挿絵とタイトルは、株式会社探究社および株式会社法蔵館で発行している
「ほのぼのカレンダー」から引用させていただいております。

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